ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

2 合併のひみつ(前編)

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年1月8日更新

工場がキーワード。

村が188もあった!

 江戸時代の市域には188の村があり、一つの村の中でも領主が違う例もありました※1。この村は、明治初期に一部が統合されて127村※2になり、それがおおよそ現在の大字の名前と一致します。江戸時代中期以降、警察のような仕事やその費用を複数の村が共同で担うことがありましたが(組合村)※3、明治時代には、そうした業務が一層増えていきます。地方自治の体制作りとして、村を組み合わせた「大区小区制」や「連合村」などが実施されるのですが、何度も見直されています。制度にようやく安定がもたらされたのは、戸数を300戸以上になるよう村を合併した1889年(明治22年)の「市制・町村制」の後でした。市域はこのとき12町村に統合されています※4

1889年 明治22年の合併後の町村 1889年 明治22年の合併後の町村※2

 

巨大な工場が「君津町」を生んだ

 1943年(昭和18年)、最初の君津町が生まれます。この合併は、巨大な工場の設置から派生したものでした。

 現在、木更津市岩根(いわね)にある陸上自衛隊木更津駐屯地の位置に、戦時中は木更津海軍航空隊がありました。爆撃・攻撃・偵察行動を行う陸上攻撃部隊で、その修理や整備の工場「第二海軍航空廠(こうくうしょう)」が、隣接して作られました。太平洋戦争に入り、機体の修理が増えると工場は手狭となり、1942年(昭和17年)に周西(すさい)村と八重原(やえはら)村にまたがる広大な分工場「八重原工場」が作られます※5。100haの土地は強制的な買い上げで、村民は住居の移転や農地の安価な買収に従いました※6。工員の食料品や衣料の配給は村が行うのですが、2村にまたがる事務には混乱があり、調整も必要でした※7。そこで軍の斡旋により、両村は合併するのです。※8   

第二海軍航空廠 八重原分工場の概要図

「第二海軍航空廠概要図」1973年『千葉縣君津郡君津町誌後編』 同編纂委員会編 …八重原工場の概要図。左端の周西駅(現君津駅)から鉄道の引き込み線が伸びる。右上の施設が現南子安7丁目付近で、国道127号線近くまで達している。 

 

町村ノ廃置ニ関スル上申書 (周西・八重原村の合併上申書)

昭和十七年四月海軍航空廠ノ本村及八重原村ノ両村ニ跨(またが)リ設置セラルルヤ、従来両村ハ土地平坦ニシテ相隣接シ 人情風俗同一ナリシニ加ヘ 右工場ノ設置ニ依リ早クモ両村合併ノ機運蘊壌(うんじょう)シ、本年一月木更津海軍航空廠長岩本少将ノ斡旋ニ依リ 両村ニ於テ委員ヲ挙ゲ満場一致合併スルニ決シタルヲ以テ、此十一日 本村会ニ於テ満場一致別紙ノ通リ周西村、八重原村ヲ廃シ其ノ区域ヲ以テ、君津町設置ノ上申ニ関スル議決ヲ了シ候条、町村制第三条ノ手続相成度 此段及上申候也

(昭和18年2月11日 周西村長発 千葉県知事宛)1943年

 

 

冷戦・シャウプ勧告から5町村が誕生

 東西冷戦が激化すると、戦後占領下の日本では経済復興が強化されます。日本が西側の友好国として、安定した資本主義国家となるよう占領政策が転換されたためです。税制改革の方向性を示した「シャウプ勧告」もその一つで、この中に地方自治の強化や自主財源の確保が提唱されました。勧告の実施のためには、自治体が国からの事務の委譲(いじょう)に耐えられるよう、町村規模の一層の拡大が必要とされました。1953年(昭和28年)の町村合併促進法は、3年間で全国の市町村数を三分の一にする計画で、市域では調整に難航しながらも、1955年(昭和30年)までに11の町村を5つに整理統合していきます※9

町村合併の栞 「町村合併の栞(しおり)」1953年 千葉県ほか発行 久留里城址資料館蔵

五つの町村への合併 11町村から5町村への合併 1954・55年(昭和29・30年

 

注釈

※1 『通史』320ページ

※2 当時は望陀郡内に四方木村(現鴨川市内)が含まれていた。文章は四方木村を含む数字。地図は四方木村を含んでいない。

※3 「上総国周准郡二十六箇村組合定書」『史料集1』429ページ

※4 「名前のひみつ後編」※3参照(「千葉県町村分合資料」1889)

※5 第二海軍航空廠については『21世紀の君たちへ・伝えておきたいこと』増補版 2006 山崎庸男著、 『通史』935ページなど

※6 『杢師土地区画整理組合記念誌 むくし』1991 君津町杢師土地区画整理組合

※7 『通史』937ページ

※8 「町村廃置」官報第4870号『史料集5』17ページ

※9 1954・55年の合併経緯については『史料集5』11ページ

※注釈の出典で省略表記している図書の詳細は次の通り。『通史』(『君津市史通史』2001)、『史料集1』(『君津市史史料集1』1991)、『史料集5』(『君津市史史料集5』1993)、以上君津市市史編さん委員会編