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周西公民館長のつぶやき(令和4年11月22日更新)

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年11月22日更新

11月22日(火曜日)

秋も深まってきました。「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」…これは明治時代の俳人、正岡子規の句です。まさに、今の季節にぴったりの句といえます。 「古池や蛙飛びこむ水の音」…これは、言わずと知れた松尾芭蕉の句です。「何か知っている俳句がありますか?」と聞かれたら、まずこの句を挙げる人が多いのではないでしょうか。
なぜこの句が親しまれてきたのかと考えてみたとき、ある雑誌に次のようなことが書いてありました。「限られた言葉の間に、絶妙な“余白”があって、それがさまざまな情景を思い起こさせてくれるのではないか。」
確かに、「古い池がある」「カエルが飛びこんだ」「水の音がした」という大まかな事実はわかりますが、どんな形の池なのか、どんな大きさのカエルなのか、どんな音がしたのか、といった「詳しい情報」は一切省かれています。しかし、その欠落こそが、さまざまな情景を思い起こさせる余地を与えているのではないか、“余白”があるからこそ、想像力を働かせることができるのではないか、というのです。

現代社会は、「こうしなければいけない」とか「ああしてはダメだ」などと、画一化されているものが多いように思います。その結果、「自由な発想」などというと尻込みしてしまい、いわゆる「マニュアル人間」「指示待ち人間」が増えているように感じます。
ふだん料理をほとんどしないお父さんが、肉じゃがを作るために材料を買いに行き、家に帰ったところ、レシピにある(しかし、なくてもいい)しらたきを買い忘れてしまい、わざわざ、車で買いに走ったという話があります。(この話にはオチがついていて、しらたきが嫌いな息子さんは、それを丁寧に取り除きながら食べたとのこと)
昔の子どもたちは、砂場の砂や段ボール、空き箱などが遊び道具でした。「想像」しながら「創造」をしました。しかし、現代の子どもたちの遊びは、多かれ少なかれ、マニュアルやルールに基づいた遊びになっているように思うのです。
生活の中の「余白」というものを、今、見つめ直してみることが大切だと、つくづく感じています。

10月28日(金曜日)

1890年代後半から1990年代にかけて、アイドルとして一世風靡した小泉今日子さん。「学園天国」「木枯らしに抱かれて」等、彼女の多くのヒット曲の中で、「あなたに会えてよかった」という曲をご存じでしょうか?多分、50~60代の方の中では、うなづかれている方が多いと思います。
この時代は、レコードからCDへ、そしてカラオケボックスが流行ってきたことにより、「聴きたい曲」から「歌いたい曲」へと変化してきたともいわれています。 実は私も、この曲の歌詞をじっくり読んだことはなかったのですが、改めて読んでみると、「遠い空に輝く星のように あなたはずっとそのそのままで」とか「思い出が星になる」とか「世界で一番 素敵な恋をしたね」というように、別れを感じさせながら、ロマンチックな歌詞になっていることに気付きます。

実は、この歌の作詞者は、小泉今日子さん本人。当時の若者は、自分も含めてラブソングとして聴いていた(歌っていた)のですが、のちに歌詞について、「私はお父さんを思って書いた」と、本人がラジオ番組で語っていたそうです。 この曲のリリース当時、彼女の父親は末期がんで入院中だったとのこと。そして3年後に亡くなります。ということは、この曲は、父親の最期を予感して書いたということになります。 このことを知ると、この曲が全く違ったものに感じられるようになってきます。

そういえば、先日文化功労賞を受賞したユーミンの「卒業写真」も、「卒業写真のあの人は やさしい目をしてる」とか「あなたは時々 遠くで叱って」といったように、恋人にあてた歌のように感じますが、実は当時の美術の先生、それも女の先生を思って作った曲だったとのこと。  こんなエピソードを知ってから、改めて聴いて(歌って)みると、曲の印象が今までとは違ったものに感じられるかもしれませんね。

10月20日(木曜日)

10月16日(日曜日)、公民館利用者の会主催の奉仕作業が行われました。
周西公民館は、敷地が広く、草刈りをしてもすぐ雑草が生い茂ってしまいます。そんな中、早朝より、利用者の会役員の方々や各サークルの方々が集まってくださり、約1時間、草刈りを行ってくださいました。お陰様で、見違えるようにきれいになりました。改めて、ご多用のところ参加していただいた皆様には、感謝申し上げます。 

話は変わりますが、先日、木更津市のある中学校の人権集会で講話(授業)を行ってきました。全校生徒対象(2,3年生は体育館、1年生はオンライン)だったのですが、中学生に色々発問すると、実に様々な意見が出され、こちらも勉強になったひとときでした。 
生徒会の女子生徒が、控室から体育館までの案内を行ってくれたのですが、会が終わって控室に戻るとき、その生徒が「お持ちします」と言って、カバンを持ってくれたのには感心しました。 
「心がきれい」とは、この生徒のようなことを言うのだと思いますが、「大切なものは目に見えない」という「星の王子様」の言葉を実感した出来事でもありました。 

10月6日(木曜日)

ちょっとした心遣いが人の心を温かくすることがよくあります。

半世紀以上も連れ添った妻に先立たれた、横浜市の男性の話です。男性は葬儀を終えた後、故郷である佐賀県唐津市の寺に納骨するため、羽田空港から空路、九州へと向かいました。  遺骨を機内に持ち込めることは知っていましたが、入れたバッグがかなり大きく、念のため搭乗手続きの際に中身を伝えたそうです。
機内に乗り込み、上の棚にバッグを入れて席に着くと、客室乗務員がやって来てこう言いました。「隣の席を空けております。お連れ様はどちらですか?」 搭乗手続きで言ったことが機内に伝わっていたのでしょう。男性が「ああ、上の棚です」と説明すると、乗務員はバッグごと下ろしてシートベルトを締めてくれました。飛行中には「お連れ様の分です」と飲み物も出してくれたとのこと。 
「最後に2人でいい“旅行”ができた」と男性は温かい気持ちになったそうです。
もう一つは、岡山に旅行し、お土産に桃を買った東京の女性の話です。在来線に乗り、新幹線に乗り換える際、在来線の網棚に桃を忘れてしまったことに気づきました。新幹線の乗り継ぎまで40分ほどあったので、駅員さんに事情を話したところ、しばらくして、見つかったとの連絡が入りました。新幹線の時間が迫っていたため、宅配便で送ってもらうことに。
翌日、桃が無事届けられましたが、そこには一枚のはがきが添えられていたとのこと。「せっかく買ったお土産の件で、不安な気持ちになられたことでしょう。 これに懲りず、またぜひ岡山にいらしてくださいね。」
その女性は、岡山が大好きになったそうです。

8月25日(木曜日)

仙台育英(宮城)の初優勝で幕を下ろした夏の甲子園。決勝戦直後のインタビューで、チームを率いた須江航監督が残した言葉が、話題となっています。 
チームを引っ張ってきた現在の3年生たちは、コロナ禍にあるなかで入学。多くの苦難を強いられながら、野球に打ち込む高校3年間を過ごしてきました。そんな3年生部員たちへの想いを問われた須江監督は次のように答え、インタビューを結んでいます。 
「(高校の)入学式どころか、おそらく中学校の卒業式もちゃんとできなくて。高校生活は、なんて言うか…僕たち大人が過ごしてきたものとは全く違うんです。青春って、すごく密なので。でも(行事など)そういうことは全部『ダメだダメだ』と言われて、活動していても、どこかでストップがかかって。どこかでいつも止まってしまうような苦しい中で。本当に、諦めないでやってくれた。でもそれをさせてくれたのは僕たちだけじゃなくて、やはり全国の高校生のみんなが本当によくやってくれた。例えば、今日の下関国際さんもそうですけど、大阪桐蔭さんとか目標となるチームがあったから、どんな時でも諦めないで、暗い中でも走っていけた。本当にすべての高校生の努力の賜物で、ただただ僕たちが最後にここに立ったというだけなので、ぜひ全国の高校生に拍手してもらえたらなと思います。」 

このインタビューには、甲子園球場の観客から割れんばかりの拍手喝采が送られ、SNS上でも多くの野球ファンから「須江監督の言葉がものすごく良かった」「めちゃココロに響いた」「素晴らしすぎる」「泣けました」「言って欲しいことを全部言ってくれた」などと賞賛の声が多数寄せられました。

自分の気持ちを表現する手段ってさまざまです。言葉、文字、絵、音楽、・・・。
その中でも、言葉って薄っぺらくなりがちで、なかなか気持ちが伝わらないことが多いのですが、須江監督の言葉は違いました。「言霊」という言葉がありますが、言葉に魂が宿るって、まさにこのことだなあと感じた瞬間でした。

8月8日(月曜日)

8月6日(土曜日)から、甲子園球場で熱い夏が始まりました。 高校野球、奈良県代表は、常連の天理高校となりましたが、決勝戦でドラマがあり、胸を熱くしました。

奈良県大会の決勝戦は、天理高校対生駒高校。結果は21対0で天理高校の大勝。実は、生駒高校に体調不良の選手が続出し、決勝はベストメンバーで臨めなかったとのこと。しかし天理高校の中村監督は、「勝負事は手を抜く方が失礼なので、全力で戦え」と選手に話して試合に入ったそうです。
9回2死、天理高校の戸井主将はタイムをとってナインをマウンドに集めます。「試合後に喜ぶのはやめておこう」と提案。仲間もそれを受け入れました。生駒の最後の打者から空振り三振を奪ったエースの南沢投手は、右手のこぶしを握っただけで、すぐに整列しました。
本来なら、マウンドに集まって全身で優勝を喜びたいところだったと思いますが、「ベストのメンバーじゃないことが試合前にわかっていた。試合の中では正々堂々とやるのが戦う上で大事なことですが、終わったあとは自分たちの中でも喜びをいったん抑えて整列しようと話しました」と明かしました。
天理高校の監督は、「3年生も含めてスタンドもベンチも喜びたかったと思うのですが、子どもたちもそれを察してくれたのか…」と、そこまで話して言葉が詰まり、教え子の相手校への心遣いに目を潤ませたそうです。

相手への気遣いも奈良県王者にふさわしいものと感じた出来事でした。

7月11日(月曜日)

早いもので6月が終わり、気がつけば7月になりました。 今年は猛暑日が続きます。くれぐれも御自愛のほど、お祈りします。

ところで、小さい頃から疑問に思ってきたことがあります。なぜ6月のことを「水無月(みなづき)」と呼ぶのか?梅雨時で雨が降りやすいのにも関わらず、「水が無い」と表すのは何故なのか?
実は、これには諸説あって・・・旧暦の6月は、現在の7月頃。いよいよ梅雨も明け、暑さの厳しい日が続く時期。そこから、水が涸れ尽きて無くなるという意味の「水無し月」が変化したものだという説。
一方、水無月の「無」は、「の」にあたる連体助詞「な」であるため、「水の月」という意味になる。今まで水の無かった田んぼに水を注ぎ入れる頃であることから、「水無月」や「水月(みなづき・すいげつ)」「水張月(みずはりづき)」と呼ばれるようになったという説もあります。
7月のことを「文月」と呼ぶのは、七夕飾りの短冊に文字を書き記すことから来ているのでしょうか?
文月・・・たまにはメールやラインではなく、「手紙」に思いを込めてみたいものです。

6月9日(木曜日)

先日、公民館の中庭にきれいな花がポツンと咲いていました。 敷石の間に根を張って、可憐な美しい花を咲かせていました。 

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉があります。ノートルダム清心女子大学の学長を長年にわたって務められた渡辺和子さんの言葉です。
置かれた場所で咲くということは、どんなに困難な状況、自分の思い通りにならない場面にあってさえも、自分らしさを失わずに輝くためにベストを尽くしましょう、と前向き(ポジティブ)なメッセージを伝えているのだと思います。
渡辺さんは,次のように続けます。
人生には、“こんなはずじゃなかった”と思うことが次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理して咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花がより大きく,美しいものとなるために。 

環境や境遇は選ぶことができなくても、生き方を選ぶことはできる・・・中庭の花を見ていて、そんなことを感じました。

小さな花

5月30日(月曜日)

新緑の美しい季節になりました。小糸川を渡ってくる風が心地よく感じます。
先日、職員総出で草刈りを行いました。刈払機で草を刈っていると、しっかりした草は刈りやすいのですが、“ヒョロヒョロした”草は、刈ろうとすると倒れてしまって刈りにくく、苦労しました。 

ところで、イソップ寓話に「樫の木と葦」という話があります。「太い“樫の木”に比べ、細い“葦”はいかにも弱そう。しかし大風が吹いた時、倒れなかったのは葦の方だった。樫の木は頑丈さを過信して、まともに風を受け、根こそぎに。葦は懸命に体を曲げながら、風に耐え抜いた。」という話です。

努力や信念だけではどうしようもない困難に直面した時、がむしゃらに“勝とう”とするより、粘り強く“負けない”こと。その生き方の大切さを、物語は教えてくれます。 
草刈りをしていて、そんなことを思い出しました。

4月28日(木曜日)

先日、「李香蘭」というミュージカルを観に行ってきました。 日中戦争のさなか、純粋に平和を願いながらも、二つの国の間で運命を引き裂かれた実際の歌姫の人生を描いた物語です。
女優・司会者の山口淑子さんが、当時の李香蘭であることを知ったのは、私が中学生の頃でした。「夜来香(イエライシャン)」という歌を山口淑子さんが歌うのをテレビで観て、「この人、歌も歌えるんだ」とか「木更津のみまち通りにある喫茶店と同じ曲名だ」と思ったりもしました。
物語の中で李香蘭は、「心にも国境があるのですか?」と問いかけます。その姿に、現代のウクライナ問題と重なり涙したのは、自分だけではなかったと思います。

話は変わりますが、私は平成17年(2005)、北方四島交流訪問事業団の一員として、国後島へ行ってきました。いわゆる「ビザなし交流」です。北方四島は、日本固有の領土でありながらロシアの支配下にあるという難しい問題をはらんでいるわけですが、現地の人たちの温かい歓迎を受け、さまざまな交流をしたことを思い出します。
しかし今、ロシアとの関係で、元島民の方々が先祖のお墓参りにも行けないことに、胸が締めつけられる思いです。

「遠足で 行けたらいいな 国後島」「根室と 北方領土は 親戚だ」
これは「四島カルタ」というものだそうですが、本当にそんな日が来てほしい・・・切なる願いです。

4月8日(金曜日)

4月、新年度になりました。今年は桜の開花が早かったため、満開だった桜も、だいぶ散りつつあります。
今年度、公民館の職員は、昨年度からの異動が一人もいませんでした。気持ちを新たに、また来たいと思うような公民館をめざしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、コブクロというグループが歌った『蕾』(つぼみ)という曲があります。メンバーの小渕健太郎さんが、亡くなった母へ捧げた曲です。このことは第49回日本レコード大賞を受賞した際に「亡くなった母親が一緒に歌っていてくれていたと思う」というコメントをしたことで明らかになりました。 

 涙こぼしても 汗にまみれた笑顔の中じゃ 誰も気付いてはくれない
 だから あなたの涙を僕は知らない

子どものため、家族のために、汗まみれになりながら家事をしたり仕事をしたりしている。そんな中、涙を流したとしても汗に紛れて分からない。母親は家族の前ではいつも笑顔でいて、泣くところを見せることはなかったのでしょう。 

 散り際に もう一度開く花びらは あなたのように
 聴こえない頑張れを 握った両手に 何度もくれた 

母親が亡くなる時、18歳の小淵さんが母親の手を握ったら、握り返してくれたそうです。桜も散りたくて散るのではなく、最後にもう一度咲こうとしてちょっと動いてしまうので、花びらが落ちてしまうのではと言っています。

「本当の努力とはもうダメだと思った瞬間から始まる」という、アイルトン・セナ(元F1ドライバー)の言葉と重なります。

3月30日(水曜日)

今年度も残すところ、あとわずかとなりました。コロナ禍のなか、今まで苦労と工夫を重ねながら主催事業を行ってきましたが、もう3月も終わり。時の流れの速さを感じています。 

イタリアの映画監督ヴィスコンティの「山猫」という映画があります。その中で、アランドロン扮する若き青年が発する言葉に「変わらずに生きていくためには、変わらなければならない。」というものがあります。 「今を維持していくためには、昨年と同じことをやっていてはだめで、昨年と違う何かを考えていくことが大切」というように受け取れます。 

今年度の事業の反省をし、課題も明らかにしながら、来年度は何ができるか、模索していきたいと思います。
一年間ありがとうございました。来年度もどうぞよろしくお願いいたします。

3月3日(木曜日)

北京冬季五輪が終わりました。悲喜こもごもの大会でしたが、三連覇をめざした羽生結弦選手の「報われない努力だったかもしれないけど、一生懸命頑張りました」という言葉が印象に残りました。
大会が終わったあと、 「報われなかった今は、報われなかった今で幸せ」とさらに彼は語ります。 この言葉を聞いて、「報われない努力はあっても その努力は無駄ではないということ」「人生って報われることがすべてじゃないということ」を感じました。 

もう40年近く前、大学の時の友だちの結婚式で、新婦の友だちがスピーチした言葉が今も心に残っています。新婦の友だちのスピーチはこうでした。 「私は、『今度結婚する彼ってどんな人?』ってY子(新婦)に聞いたんです。そうしたら、Y子はこう答えました。」 ―例えば、道が2つに分かれていて、私はこっちに行きたいって言うんだけど、彼は、「うん、わかった」と言いながら違う道に連れて行ってしまう。なに、この人!って思いながらついて行くんだけど、あとで、「ああ、ついてきて良かった」と思うような人― 寡黙な彼らしいエピソードだなあと当時思ったものでした。

高校受験、大学受験の季節。思うようにいかなかった人もいるでしょう。私にも苦い経験があります。でも、希望とは違う道に行ったからこそ素晴らしい景色が見られ、素敵な出会いもあった。違う道に進んで良かったと思うこともあります。

「置かれた場所で咲きなさい」・・・ノートルダム清心女子大学の学長を長年にわたって務められた渡辺和子さんの言葉が心にしみます。

2月10日(木曜日)

若者の活字離れが進んでいるといわれて久しいですが、以前、次のような笑い話がある新聞に載っていました。

若い男が、スマートフォンをいじりながら嘆いている。「いろいろな分野の記事が載っていて、見出しや記事の大きさでニュースの価値の大きさが一目で分かり、電池切れにも強い、そういうものがあれば便利なんだけどなあ。」
別の男が、手を打って教える。「あるよ、新聞だよ。」 

人間は便利さ、手軽さを追求して、パソコン、スマホに頼るようになって来ましたが、実はそれが意外と便利でないことがあるように思います。「温故知新」(故きをたずねて新しきを知る)という言葉がありますが、今の時代だからこそ、昔に戻ることも必要だと思うのですが・・・

1月27日(木曜日)

21日(金曜日)から、公民館も休館になりました。利用者の皆様には御迷惑をおかけしますが、一刻も早く感染が収まり、再開できることを願うばかりです。

ところで、こんな話があります。あるデパートでの出来事です。
Aデパートの靴売り場で、ある女性が靴を探していたのですが、気に入ったデザインはあったものの、合うサイズがありません。どうしようか困っていたところ、対応した店員さんは、「ちょっとお待ちください」と言って別室へ。しばらくして戻って来たその店員さんは、「向かいのBデパートにあるそうです。今、電話をしておきましたので、そちらに行かれてみてください」と。その対応に感動した女性は、その後も、Aデパートで靴を買うようにしたとのことです。

  「天に向かってつばを吐く」という言葉があります。上を向いてつばを吐くと、それがそのまま自分の顔に落ちてくるところから、人に害を与えようとして、かえって自分に災いを招くことの例えです。
逆に、「敵に塩を送る」という言葉があります。塩不足に困り果てていた甲斐の武田信玄に対して、敵対していた越後の上杉謙信が塩を送ったという話ですが、「敵でも苦境の時は助ける」「敵だからといって弱みに付け込まない」ということを指したことわざです。
例えば、点を競い合っているライバルや競合会社など、ビジネスシーンでも対象となる相手はいくつか挙げられるでしょう。相手が弱っているときでも見捨てることなく、別の方法で相手に利を与えることが「敵に塩を送る」です。

冒頭のデパートでの話は、これとはちょっと違うかもしれませんが、相手を助けることが自分のためにもなる・・・現代、忘れかけていることなのかもしれません。

1月11日(火曜日)

新年おめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、暮れの12月27日(月曜日)、2021年最後の主催事業として、「すさい子ども教室」が行われました。君津高校書道部のお兄さん、お姉さんたちが、小学生の子どもたちに書初めを教えてくれました。 外は寒い日でしたが、見ていて、真剣かつほのぼのとした様子が伝わってきて、心が温かくなりました。

私も金田中学校に勤務していた時、隣の金田小学校と連携して、「中学生が小学生に勉強を教える」といったことを月一回行ってきました。「学びっこタイム」という時間でしたが、普段の授業よりも?小学生が生き生きと楽しそうに学んでいました。もちろん中学生も笑顔で教えていました。 

ところで、アメリカ国立訓練研究所から出された「ラーニング・ピラミッド」という学習モデルがあります。どんな学習方法が頭に残るかという研究結果です。 講義を受ける…5%、本を読む…10%、というように、インプット型の学習は、定着率があまり高くありません。以下、DVDやテレビをみる…20%、実演を見る…30%と続きます。 これに比べて、アウトプット型の学習は、グループ討論を行う…50%、体験する…75%となります。いわゆる「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる方法が効果的だということです。やはり、自分が体験したことは、記憶に残るし、知識としても定着しますよね。
ところが、それ以上に定着する方法があるのです。それは、「学習した内容を他の人に教える」ことです。なんと、定着率は90%だそうです。 なんか、人に教えると損しちゃうななんて考えがちですが、実は、こうすることが、自分のためにもなるということです。 そういえば、お金を借りた方よりも、お金を貸した方がよく覚えているものですよね。(笑) 

子ども教室を見ていて、小学生はもちろんですが、高校生もすごくためになっているなと感じました。

12月24日(金曜日)

クリスマスになると思い出す話があります。「サンタクロースはいるのですか?」とニューヨークの新聞社に投書した8歳の女の子、ヴァージニア・オハンロンちゃんの話です。
「サンタクロースはいない」という友だちの話に対して、新聞社の記者は「ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ。きっと、何でもうたがいたがる年ごろで、見たことがないと信じられないんだね。自分のわかることだけがぜんぶだと思ってるんだろう。じつはね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、そういうものがあふれているおかげで、ひとのまいにちは、いやされたりうるおったりする。」と答えます。

「見たことがないからいない」とは限らない・・・これは、サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』にも通じるものがあります。仲良しになったキツネは、王子さまとの別れ際にこう言います。「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えないんだよ。」
ただ目に映るものが必ずしも真実とは言えないこと、心の目で見ること、子どものように心の曇りがなく、純真な目でものごとを見ることが大切であることをこの小説は伝えています。

現代社会に生きる私たちは、目に見えるものばかりに心を奪われて、数値ばかりを追い求めてきました。その結果、私たちは、大切なものを見失い、目に見えない多くのものに支えられていることに気付かなくなってしまったのではないでしょうか。 今こそ、物質の豊かさだけではなく、心の豊かさを大切にすべき時だと思います。

12月17日(金曜日)

気がつけば、今年も残り少なくなってきました。公民館もほぼ通常の業務・利用ができるようになってきましたが、まだまだ予断が許されないところです。

そんな中、11月、12月は、感染に気を配りながらほぼ毎週のように主催事業が行われました。「セルフケア」「ネイル」といった自分磨き、「子どもへの接し方」を学ぶ心磨き、「アロマワックスサシェ」「切り絵」といった新たな楽しみ方、子ども教室では「スノードームづくり」、おとなの放課後倶楽部では映画鑑賞…といったように、多くの講座が開かれました。

11月末から12月初めにかけて行われた文化祭も、500名近くの皆様の御来場を賜り、盛会裏に終えることができました。たくさんの皆様の御協力に感謝申し上げます。

フランスの画家ミレーの言葉に「人を感動させようとするならまず自分が感動せねばならない。そうでなければいかに巧みな作品でも生命を持たない。」というものがあります。皆さんの姿を見ていると、「人を楽しませようとするならまず自分が楽しまなければならない。」といった雰囲気が伝わってきます。自分たちがまず楽しむことによって、周りの人たちも楽しくなり、笑顔になる…そんなことを、皆さんの姿を見ていて感じました。 笑顔のあふれる公民館って素敵だなあと改めて思いました。

11月1日(月曜日)

プロ野球のペナントレース、セリーグはヤクルトが優勝しました。昨年の最下位から、見事に復活。素晴らしい結末だったと思います。 実は、昨年の2月にこの世を去った野村克也さんが、このことを予言していたというのです。

ヤクルトの高津監督、阪神の矢野監督は、野村氏がヤクルト、阪神のそれぞれの監督時代の教え子でした。野村氏は2人をこう評していたそうです。 

ヤクルトの高津は投手出身だから、投手交代のタイミングがわかるという利点はあるが、基本的には投手出身の監督は視野が狭い傾向がある。現役の時には打者と捕手しか見ていないから、野球をいろいろな角度から見るという習慣がない。細事小事に目が届かない。
しかし、高津は選手から人気がある。私の教え子では珍しく人間性が良い。野球を知っているかは疑問だが、二軍監督からスタートしたのはいい。大いに期待している。言いたいことがあっても、相手が傷つくようなことはあまり言わんほうがいい。

阪神の矢野には捕手出身という大きな武器がある。捕手は試合で監督以上のことをやっている。筋書きがないドラマと言われる野球の筋を書いているのが捕手。データを駆使し、打者の見逃し方がやスイングを観察し、洞察し、判断し、決断するという作業を1球ごとにやっている。だから監督になると、その経験がベースとなって采配を振るう。あとは人間的な部分で選手からどれだけ慕われるかだ。
ただ、矢野には気になるところもある。天才的な選手だった監督によくある欠点は、自分が天才だから野球に哲学がなく、監督になっても目の前の試合に一喜一憂してしまうこと。味方がホームランを打つと真っ先にベンチを飛び出してくるとかね。それと同じことをやっているのが矢野だ。試合中に白い歯を見せ、選手と一緒になってバンザイする。そんなところで選手と一体感を持ったところで、本当の信頼は得られない。 

選手と一体感を持つことも大事だが、それ以上に、選手がやる気を出すような的確な言葉がけをすることが大切だというのです。現に、高津監督の一言で救われた選手も多いそうです。 

野村氏は今年のペナントレースを観ることなく、この世を去りました。改めて2年前の予言を見ると、草葉の陰で「見てみい、ワシの言ったとおりやったろう」と、ニヤリとしている顔が浮かんでくるようです。

10月26日(火曜日)

朝晩だいぶ寒くなりました。皆様、お変わりありませんでしょうか?
公民館にもようやく活気が戻ってきました。まだ制約はあるものの、日常の生活に近づいているように思います。

話は変わりますが、あるスーパーに行った時のことです。買い物のついでに、CD-R(データを記録するもの)が置いてあるかなと思い、店員さんにこう尋ねました。「CD-R、置いてありますか?」すると店員さんはこう答えました。「はい、ありますよ。」
置いてある場所まで案内してくれると思ったら、それで終わり。「どこにありますか?」と聞いて、やっと案内してくれました。

また、これは聞いた話ですが、ある人が大手カメラ店でレンズキャップを探していて店員さんに聞いたところ、「3列目を左に曲がって、右の棚にあります。」と言っただけで、案内してくれなかったとのこと。それ以来、その方は2度とその大手カメラ店に行かなくなったそうです。

「言葉足らず」という場合もありますが、言葉の裏にある気持ちを汲み取り、それに応えることは、接客していく上で大切なことだと思うのですが…。 そんなことを、最近感じています。

10月15日(金曜日)

先日、こんな記事を目にしました。 

1人暮らしの90歳のお年寄りが、残暑厳しい9月の末に、書留を受け取るため郵便局にバスで向かった。視力や聴力が弱く、杖をついてゆっくりとしか歩けない。 午前8時前に駅に着いたが、バスが停まった西口の利用は初めて。
なかなかたどり着けず、不安と疲労で涙を流しながら歩いていると、高校生とみられる2人連れの女子生徒が声を掛けてくれた。 2人は「郵便局は反対方向ですよ」と、歩くのもままならないお年寄りを抱えるようにして駅まで案内。様子に気付いた駅員が「あなたたちは学校に行きなさい」と引き取り、車椅子で郵便局まで連れて行ってくれた。
駅には後日、出向いてお礼ができたが、生徒は学校が分からない。 「心優しい2人のおかげで無事郵便局にたどり着けた。ぜひ会ってお礼を言いたい」。道に迷い、疲れ果てて泣きながら歩いていたところを助けてもらった90歳の女性が、道案内をしてくれた2人の女子生徒を捜しているという。 

この記事を読んで、2つのことを感じました。
一つは、学校へ行くように促してくれた駅員さんも素晴らしいが、お年寄りの異変に声を掛けた女子高生の行動に胸をうたれた。素敵な若者がたくさんいるのだということ。
もう一つは、90歳の女性が書留を受け取るために、バスに乗って、更に歩かないと駄目なのか?何とかならないものなのか?ということ。 

いろいろ方策はあったのかもしれませんが、高齢化社会の今、難しい課題だと感じた出来事でした。

9月22日(水曜日)

本日、思春期家庭教育学級“すくすくスプリング”の開級式が行われました。閉館中のため、リモートでの開催となりました。

私たちは、多かれ少なかれ、日々の子育てに「これで良いのか?」と自問自答したことがあると思います。また、「子どもの言動は親の責任、親としてきちんと教育をしなければいけない。」「子どもが失敗しないように、私が解決しなければいけない。」このような思いに駆られることもあったと思います。しかし、子どものやることすべてが親の責任ではなく、すべての失敗が子どもをだめにするわけでもありません。

子育ての目標は「子の自立」です。私たちは子どもを思うあまり、「子どもが自ら解決しなければいけない問題」に手や口を出してしまうことがあります。 また、教師としては「先生ありがとう!」と無垢な笑顔で言われると、「もっとやってあげたい」という気持ちになりがちです。 とはいえ、私たちがいつまでも「子どもにやってあげている親や教師」のままでいると、子どもが自分自身で考え、課題を解決する力が身につかなくなってしまいます。それが私たちの望むところではないことは、言うまでもありません。 

「子育て四訓」というアメリカ先住民の言い伝えがあります。
 〇乳児はしっかり肌を離すな
 〇幼児は肌を離せ、手を離すな
 〇少年は手を離せ、目を離すな
 〇青年は目を離せ、心を離すな
小・中学生は2つ目から3つ目、高校は4つ目でしょうか。 小学校の3から4年生からは直接世話を焼くことを減らし、見守る姿勢が必要なようです。 そうはいってもこの「見守る」というのがなかなか難しいです。「勉強しなさい」「早く起きなさい」などとはもう言わない!と決心しても、我慢した末にいつも以上にきつい口調になってしまうこともしばしばです。 また、「自分が子どもの頃に辛い経験をしてきたから、子どもには絶対に苦労させたくない」という気持ちから、過保護になってしまう場合もあります。

子育ては、自転車の乗り方を教えることに似ています。 補助輪を外し、自転車の荷台からそっと手を離します。自分だけで走れた時の子どもの表情を覚えていますか?あの表情が、私たちの目指すべき「自立」した喜びを象徴しています。 子どもが自分で考えて進む方向を決めて、自分の力で進み、転んでもまた起き上がって走り出せるように、私たち大人は寄り添い、そっと手を離して見守っていくべきだと思っています。

8月3日(火曜日)

「お節介」という言葉があります。「あの人、お節介だよなあ」「いちいちうるさいんだよ、お節介も度が過ぎるよ」と、あまり良い言葉としては使われません。 

一般的に関東では、「人の話に立ち入ってはいけない」「人が困っているときに、大さわぎにはしない」というように、人にあまり関わらないことを良しとしてきたように思います。  しかし関西では、「人の話に立ち入らないと失礼」「人が困っているときは、助けるのが当たり前」といったように、人に積極的に関わることを良しとしてきたのではないでしょうか。 

これはあくまでも私見ですので、「いやそんなことない」と反論される方もいらっしゃると思います。 

ただ、「お節介」というのは、「節を持って介する」と書くように、「信念をもって世俗に流されずに行動すること」「人や課題に積極的に関わろうとすること」ともいえます。「ありがた迷惑」が、のちに「ありがたかった」ことになる場合も多々あります。 

お節介を焼くって、悪くないなあと思うのですが・・・

6月29日(火曜日)

24日(木曜日)は、第2回「すさい子ども室」が行われました。

サポーターのお二人にもご協力いただきながら、自分でつくって遊ぶ「紙コプター」づくりに取り組みました。
「どこにひっかけるんだろう?」「どうやってとばすんだろう?」「なんでくるくるまわるんだろう?」 子どもたちの疑問は次から次へと沸き出します。遊びの中から出てくる「どうやって」「なんで」といった疑問が大切で、これが、知的好奇心へとつながります。

公民館の多目的ホールは、さながら大きなおもちゃ箱! 子どもたちの笑顔とともに、楽しい午後のひと時を過ごすことができました。
     周西子ども教室のようす紙コプターを飛ばす

6月22日(火曜日)

先週から公民館の主催事業がスタートしました。

先陣を切ったのは、6月15日(火曜日)に行われた「すさい子ども教室」。ダンボールでキャタピラを作ってチームごとに競争したり、空気砲を作って紙コップを飛ばして遊んだり、県民の日の午前中、楽しい時間を過ごすことができました。
6月17日(木曜日)は「お達者倶楽部ゆいまーる」。高齢者向けのスマホ操作の仕方を、楽しく学びました。

公民館の利用者の皆さんの姿を見ていると、楽しんでいるのはもちろんですが、今より一つ上を目指しているように感じています。子どもたちはもちろんですが、高齢者の方々が、熱心に取り組んでいる姿を見ると、胸を打たれます。特に新しいことに挑戦しようとしている姿には、頭が下がる思いです。

「志」という字があります。この字は「+、-、心」の3つが合わさってできています。つまり、「プラスワンの心」と読めます。「志」とは、一つ上を目指すことであり、一つ加えることでもあると思います。 子どもも大人も「志」をもって一つ上を目指している。素敵だなあと思います。   

ゆいまーる     子ども教室                                                                                                          

5月17日(月曜日)

相手からちょっとした親切を受けたとき、皆さんは何と言いますか?

ほとんどの場合は、「すみません」とか「ありがとうございます」と言うと思いますが、そのあとに、「とても助かりました」や「わざわざご丁寧に」といった一言を付け加えるだけで、ずいぶんと印象は変わります。それは、「すみません」のあとのもう一言に、発した側の心づかいが表れているからでしょう。
こうした「温かい心が込められた言葉」が、受け取る側の心に温かさや安らぎを与えてくれるのではないかといつも思っています。そして、うちの職員は、そういった心づかいができると自負しています。

ある人が仕事帰りに乗った路線バス。停留所に停まるたび、運転手が車内アナウンスを繰り返します。「週末の金曜日です。一週間、お疲れさまでした。」 バスを降りるお年寄りには「寒いですから気を付けて」「自転車にご注意ください」。
学生たちは「ありがとうございました」と笑顔で降りて行ったとのこと。
外の風は冷たかったけれど、車内はなんだかポカポカとしていたそうです。

4月27日(火曜日)

26日には、青少年健全育成会議の打ち合わせ、青少年相談員の定例会がありました。
大和田小、坂田小、周西中の先生方や相談員の方々が来館。総会や今年度の活動についての話し合いが行われました。

また、「100の記憶企画会議」や、それに関わるインタビューも行われ、様々な人によって支えられている公民館であることを強く感じました。

4月20日(火曜日)

宮崎前館長の後任として、4月から周西公民館でお世話になっています大河原敏雄です。
3月までは、3年間、木更津市の岩根公民館で勤務していました。
皆様が、「また来たい」と言ってくださるような、温かい公民館をめざします。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、5日には「公民館利用者の会」、12日には「館報企画会議」がありました。公民館が地域の皆様によって支えられているということを再認識し、感謝の念に堪えません。

「周西公民館日記」では、すさゴン、みどぼう、公馬ちゃんとともに、公民館の情報や普段感じていることを発信していきます。
私は、歌うことや曲を作ることが趣味なので、「カワラーノ・トッシーニ」という名前で登場します。