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周西公民館長のつぶやき(令和3年11月1日更新)

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年11月1日更新

11月1日(月曜日)

プロ野球のペナントレース、セリーグはヤクルトが優勝しました。昨年の最下位から、見事に復活。素晴らしい結末だったと思います。 実は、昨年の2月にこの世を去った野村克也さんが、このことを予言していたというのです。

ヤクルトの高津監督、阪神の矢野監督は、野村氏がヤクルト、阪神のそれぞれの監督時代の教え子でした。野村氏は2人をこう評していたそうです。 

ヤクルトの高津は投手出身だから、投手交代のタイミングがわかるという利点はあるが、基本的には投手出身の監督は視野が狭い傾向がある。現役の時には打者と捕手しか見ていないから、野球をいろいろな角度から見るという習慣がない。細事小事に目が届かない。
しかし、高津は選手から人気がある。私の教え子では珍しく人間性が良い。野球を知っているかは疑問だが、二軍監督からスタートしたのはいい。大いに期待している。言いたいことがあっても、相手が傷つくようなことはあまり言わんほうがいい。

阪神の矢野には捕手出身という大きな武器がある。捕手は試合で監督以上のことをやっている。筋書きがないドラマと言われる野球の筋を書いているのが捕手。データを駆使し、打者の見逃し方がやスイングを観察し、洞察し、判断し、決断するという作業を1球ごとにやっている。だから監督になると、その経験がベースとなって采配を振るう。あとは人間的な部分で選手からどれだけ慕われるかだ。
ただ、矢野には気になるところもある。天才的な選手だった監督によくある欠点は、自分が天才だから野球に哲学がなく、監督になっても目の前の試合に一喜一憂してしまうこと。味方がホームランを打つと真っ先にベンチを飛び出してくるとかね。それと同じことをやっているのが矢野だ。試合中に白い歯を見せ、選手と一緒になってバンザイする。そんなところで選手と一体感を持ったところで、本当の信頼は得られない。 

選手と一体感を持つことも大事だが、それ以上に、選手がやる気を出すような的確な言葉がけをすることが大切だというのです。現に、高津監督の一言で救われた選手も多いそうです。 

野村氏は今年のペナントレースを観ることなく、この世を去りました。改めて2年前の予言を見ると、草葉の陰で「見てみい、ワシの言ったとおりやったろう」と、ニヤリとしている顔が浮かんでくるようです。

10月26日(火曜日)

朝晩だいぶ寒くなりました。皆様、お変わりありませんでしょうか?
公民館にもようやく活気が戻ってきました。まだ制約はあるものの、日常の生活に近づいているように思います。

話は変わりますが、あるスーパーに行った時のことです。買い物のついでに、CD-R(データを記録するもの)が置いてあるかなと思い、店員さんにこう尋ねました。「CD-R、置いてありますか?」すると店員さんはこう答えました。「はい、ありますよ。」
置いてある場所まで案内してくれると思ったら、それで終わり。「どこにありますか?」と聞いて、やっと案内してくれました。

また、これは聞いた話ですが、ある人が大手カメラ店でレンズキャップを探していて店員さんに聞いたところ、「3列目を左に曲がって、右の棚にあります。」と言っただけで、案内してくれなかったとのこと。それ以来、その方は2度とその大手カメラ店に行かなくなったそうです。

「言葉足らず」という場合もありますが、言葉の裏にある気持ちを汲み取り、それに応えることは、接客していく上で大切なことだと思うのですが…。 そんなことを、最近感じています。

10月15日(金曜日)

先日、こんな記事を目にしました。 

1人暮らしの90歳のお年寄りが、残暑厳しい9月の末に、書留を受け取るため郵便局にバスで向かった。視力や聴力が弱く、杖をついてゆっくりとしか歩けない。 午前8時前に駅に着いたが、バスが停まった西口の利用は初めて。
なかなかたどり着けず、不安と疲労で涙を流しながら歩いていると、高校生とみられる2人連れの女子生徒が声を掛けてくれた。 2人は「郵便局は反対方向ですよ」と、歩くのもままならないお年寄りを抱えるようにして駅まで案内。様子に気付いた駅員が「あなたたちは学校に行きなさい」と引き取り、車椅子で郵便局まで連れて行ってくれた。
駅には後日、出向いてお礼ができたが、生徒は学校が分からない。 「心優しい2人のおかげで無事郵便局にたどり着けた。ぜひ会ってお礼を言いたい」。道に迷い、疲れ果てて泣きながら歩いていたところを助けてもらった90歳の女性が、道案内をしてくれた2人の女子生徒を捜しているという。 

この記事を読んで、2つのことを感じました。
一つは、学校へ行くように促してくれた駅員さんも素晴らしいが、お年寄りの異変に声を掛けた女子高生の行動に胸をうたれた。素敵な若者がたくさんいるのだということ。
もう一つは、90歳の女性が書留を受け取るために、バスに乗って、更に歩かないと駄目なのか?何とかならないものなのか?ということ。 

いろいろ方策はあったのかもしれませんが、高齢化社会の今、難しい課題だと感じた出来事でした。

9月22日(水曜日)

本日、思春期家庭教育学級“すくすくスプリング”の開級式が行われました。閉館中のため、リモートでの開催となりました。

私たちは、多かれ少なかれ、日々の子育てに「これで良いのか?」と自問自答したことがあると思います。また、「子どもの言動は親の責任、親としてきちんと教育をしなければいけない。」「子どもが失敗しないように、私が解決しなければいけない。」このような思いに駆られることもあったと思います。しかし、子どものやることすべてが親の責任ではなく、すべての失敗が子どもをだめにするわけでもありません。

子育ての目標は「子の自立」です。私たちは子どもを思うあまり、「子どもが自ら解決しなければいけない問題」に手や口を出してしまうことがあります。 また、教師としては「先生ありがとう!」と無垢な笑顔で言われると、「もっとやってあげたい」という気持ちになりがちです。 とはいえ、私たちがいつまでも「子どもにやってあげている親や教師」のままでいると、子どもが自分自身で考え、課題を解決する力が身につかなくなってしまいます。それが私たちの望むところではないことは、言うまでもありません。 

「子育て四訓」というアメリカ先住民の言い伝えがあります。
 〇乳児はしっかり肌を離すな
 〇幼児は肌を離せ、手を離すな
 〇少年は手を離せ、目を離すな
 〇青年は目を離せ、心を離すな
小・中学生は2つ目から3つ目、高校は4つ目でしょうか。 小学校の3から4年生からは直接世話を焼くことを減らし、見守る姿勢が必要なようです。 そうはいってもこの「見守る」というのがなかなか難しいです。「勉強しなさい」「早く起きなさい」などとはもう言わない!と決心しても、我慢した末にいつも以上にきつい口調になってしまうこともしばしばです。 また、「自分が子どもの頃に辛い経験をしてきたから、子どもには絶対に苦労させたくない」という気持ちから、過保護になってしまう場合もあります。

子育ては、自転車の乗り方を教えることに似ています。 補助輪を外し、自転車の荷台からそっと手を離します。自分だけで走れた時の子どもの表情を覚えていますか?あの表情が、私たちの目指すべき「自立」した喜びを象徴しています。 子どもが自分で考えて進む方向を決めて、自分の力で進み、転んでもまた起き上がって走り出せるように、私たち大人は寄り添い、そっと手を離して見守っていくべきだと思っています。

8月3日(火曜日)

「お節介」という言葉があります。「あの人、お節介だよなあ」「いちいちうるさいんだよ、お節介も度が過ぎるよ」と、あまり良い言葉としては使われません。 

一般的に関東では、「人の話に立ち入ってはいけない」「人が困っているときに、大さわぎにはしない」というように、人にあまり関わらないことを良しとしてきたように思います。  しかし関西では、「人の話に立ち入らないと失礼」「人が困っているときは、助けるのが当たり前」といったように、人に積極的に関わることを良しとしてきたのではないでしょうか。 

これはあくまでも私見ですので、「いやそんなことない」と反論される方もいらっしゃると思います。 

ただ、「お節介」というのは、「節を持って介する」と書くように、「信念をもって世俗に流されずに行動すること」「人や課題に積極的に関わろうとすること」ともいえます。「ありがた迷惑」が、のちに「ありがたかった」ことになる場合も多々あります。 

お節介を焼くって、悪くないなあと思うのですが・・・

6月29日(火曜日)

24日(木曜日)は、第2回「すさい子ども室」が行われました。

サポーターのお二人にもご協力いただきながら、自分でつくって遊ぶ「紙コプター」づくりに取り組みました。
「どこにひっかけるんだろう?」「どうやってとばすんだろう?」「なんでくるくるまわるんだろう?」 子どもたちの疑問は次から次へと沸き出します。遊びの中から出てくる「どうやって」「なんで」といった疑問が大切で、これが、知的好奇心へとつながります。

公民館の多目的ホールは、さながら大きなおもちゃ箱! 子どもたちの笑顔とともに、楽しい午後のひと時を過ごすことができました。
     周西子ども教室のようす紙コプターを飛ばす

6月22日(火曜日)

先週から公民館の主催事業がスタートしました。

先陣を切ったのは、6月15日(火曜日)に行われた「すさい子ども教室」。ダンボールでキャタピラを作ってチームごとに競争したり、空気砲を作って紙コップを飛ばして遊んだり、県民の日の午前中、楽しい時間を過ごすことができました。
6月17日(木曜日)は「お達者倶楽部ゆいまーる」。高齢者向けのスマホ操作の仕方を、楽しく学びました。

公民館の利用者の皆さんの姿を見ていると、楽しんでいるのはもちろんですが、今より一つ上を目指しているように感じています。子どもたちはもちろんですが、高齢者の方々が、熱心に取り組んでいる姿を見ると、胸を打たれます。特に新しいことに挑戦しようとしている姿には、頭が下がる思いです。

「志」という字があります。この字は「+、-、心」の3つが合わさってできています。つまり、「プラスワンの心」と読めます。「志」とは、一つ上を目指すことであり、一つ加えることでもあると思います。 子どもも大人も「志」をもって一つ上を目指している。素敵だなあと思います。   

ゆいまーる     子ども教室                                                                                                          

5月17日(月曜日)

相手からちょっとした親切を受けたとき、皆さんは何と言いますか?

ほとんどの場合は、「すみません」とか「ありがとうございます」と言うと思いますが、そのあとに、「とても助かりました」や「わざわざご丁寧に」といった一言を付け加えるだけで、ずいぶんと印象は変わります。それは、「すみません」のあとのもう一言に、発した側の心づかいが表れているからでしょう。
こうした「温かい心が込められた言葉」が、受け取る側の心に温かさや安らぎを与えてくれるのではないかといつも思っています。そして、うちの職員は、そういった心づかいができると自負しています。

ある人が仕事帰りに乗った路線バス。停留所に停まるたび、運転手が車内アナウンスを繰り返します。「週末の金曜日です。一週間、お疲れさまでした。」 バスを降りるお年寄りには「寒いですから気を付けて」「自転車にご注意ください」。
学生たちは「ありがとうございました」と笑顔で降りて行ったとのこと。
外の風は冷たかったけれど、車内はなんだかポカポカとしていたそうです。

4月27日(火曜日)

26日には、青少年健全育成会議の打ち合わせ、青少年相談員の定例会がありました。
大和田小、坂田小、周西中の先生方や相談員の方々が来館。総会や今年度の活動についての話し合いが行われました。

また、「100の記憶企画会議」や、それに関わるインタビューも行われ、様々な人によって支えられている公民館であることを強く感じました。

4月20日(火曜日)

宮崎前館長の後任として、4月から周西公民館でお世話になっています大河原敏雄です。
3月までは、3年間、木更津市の岩根公民館で勤務していました。
皆様が、「また来たい」と言ってくださるような、温かい公民館をめざします。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、5日には「公民館利用者の会」、12日には「館報企画会議」がありました。公民館が地域の皆様によって支えられているということを再認識し、感謝の念に堪えません。

「周西公民館日記」では、すさゴン、みどぼう、公馬ちゃんとともに、公民館の情報や普段感じていることを発信していきます。
私は、歌うことや曲を作ることが趣味なので、「カワラーノ・トッシーニ」という名前で登場します。