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雨城楊枝(うじょうようじ)

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年4月28日更新

 久留里城(くるりじょう)には、城ができたあとに「3日に一度、雨がふった」という、いい伝えがあります。そのため、雨城(うじょう)という別名がついています。

 その「雨城」の名前をつけたものに、「雨城楊枝」があります。大きめの楊枝に、いろいろな模様(もよう)がついていて、細工楊枝(さいくようじ)とよばれています。楊枝という名前ですが、和菓子(わがし)などを食べるときに、フォークのように使います。

 ざいりょうにするのはクロモジという木で、いいにおいがします。千葉県のまんなかの久留里(くるり)のあたりは、良いクロモジがそだつ場所(ばしょ)で、むかしはそれを使ってたくさんの楊枝が作られていました。

 もともとは、フォークというよりは、口の中をきれいにするための小さなつまようじや、「ふさようじ」という種類(しゅるい)のものが作られていたのです。150年くらい前に「明治(めいじ)」という時代になると、作られる楊枝の数がふえ、100年くらい前には、久留里の近くでは500けん位の家が、楊枝づくりをしていたようです。

 君津市青柳(あおやぎ)の森啓蔵(もり・けいぞう)という人は、楊枝をあつめて、東京の楊枝やさんに売る「仲買(なかがい)」という仕事をはじめました。その子の森安蔵(もり・やすぞう)という人は、着物(きもの)を着るときにつける帯留(おびどめ)というかざりの形をヒントに、いろいろな模様をつけた楊枝を作りました。森さんの家では、今も、その技(わざ)を受けついで、楊枝をつくりつづけています。今は森隆夫(もり・たかお)さんが楊枝をつくっていて、その技(わざ)は「千葉県指定伝統的工芸品(ちばけんしていでんとうこうげいひん)」に選ばれています。

 さて、写真は久留里城址資料館(くるりじょうししりょうかん)に展示(てんじ)してある雨城揚枝のセットの一部分です。のし、松、鉄砲(てっぽう)、うなぎなど、美しい模様がつけられています。そして左下の「総ようじ(ふさようじ)」とは何でしょう?昔はたくさん作られていた事を、この文章のはじめの方でも紹介(しょうかい)しました。ふしぎな形で、フォークとしては使いません。何につかうものか、あててみてください。みなさんも毎日使いますよ! (答えは下に)

文 :久留里城址資料館(くるりじょうししりょうかん)

写真:「雨城楊枝(うじょうようじ)」森光慶(もりみつよし)作 ※久留里城址資料館があいているときは、展示してあります。

答え:歯みがきにつかうハブラシです!

雨城楊枝(うじょうようじ) 森光慶(もりみつよし) 作